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東京高等裁判所 昭和29年(う)2282号 判決

控訴人 原審検察官 山崎良男

被告人 風間一作 弁護人 上村進

検察官 大久保重太郎

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は弁護人上村進及び新潟地方検察庁新発田支部検察官検事山崎良男各作成名義の各控訴趣意書に記載されたとおりであるから、茲にこれを引用し、これに対し次のように判断する。

弁護人の論旨第一点について

原判示ビラの頒布された当時、原判示衆議院議員選挙における日本共産党候補者佐藤佐藤治が既に立候補辞退の届出をしており、従つてその当時において同候補者のためにする選挙運動の行わるべき余地のないことは所論のとおりである。そこで若し右ビラの記載内容が所論のように単に佐藤候補の立候補辞退を選挙民に知らしめると共に、同党の政治上の主義政策を強調するに止まるならば、これを頒布したとて所論の如く同党の政治活動に過ぎないものと見られるであろうが、該ビラの全文を通読すると、共産、社会両党の候補者が共倒れとなるのを避けるため、共産党の佐藤候補を辞退させて、いわゆる国民政府樹立への一歩前進を保証する統一候補者として社会党の石田候補を支持し、同候補者に当選を得しむべく全党を挙げて奮闘すべきにより、これに賛同協力ありたき趣旨の内容が含まれていることを看取するに難くないのである。とすれば、右ビラは単に日本共産党の公党としての立場から、その政治上の主義政策を強調し又は時局に関する批判を表明したに過ぎないものではなく、石田候補の当選を得んがため、その選挙運動のためにする趣旨の意思表示を包有する文書であるということができる。而して公職選挙法第百四十二条の制限規定が自己の所属する政党の候補者の当選を得んとする選挙運動についてのみ適用せらるべきでないことは、その文理並に律意に徴して疑を容れないところである。従つて自党の候補者が立候補を辞退した以後においても、他党の候補者の当選を得んがため、同条に違反して同条にいわゆる選挙運動のために使用する文書を頒布するときは、たとえ、それが自党名義の文書であつても、同法第二百四十三条第三号の罪責を免れないのである。然らば被告人が、前示の如く社会党の石田候補の当選を得んがため、その選挙運動のためにする趣旨の意思表示を包有する原判示ビラを同候補者の原判示選挙区内に頒布した以上、たとえ、それが日本共産党候補者佐藤佐藤治の立候補辞退後であつても、同法第百四十二条の規定に違反して石田候補の選挙運動のために使用する文書を頒布したものと認めるの外はなく、これを以て所論のように日本共産党としての政治活動に過ぎないと解することはできない。それ故、原判決には、所論のような事実誤認はなく、また法律の解釈を誤つた違法も存しない。論旨は理由がない。

同第三点について

憲法第二十一条の規定は言論の自由を絶対無制限に保障しているのではなく、公共の福祉を保持するため、その時、所、方法等につき合理的な制限を加えることは、これを容認する趣旨と解すべきこと同法第十二条第十三条等の規定に照らしても明らかである。公職選挙法第百四十二条が選挙運動のために頒布し得べき文書図画の種類と数量につき一定の制限を加えているのは、それによつて憲法の保障する言論の自由を全般的に禁止するものでなく、選挙の公正を保持せんがため、選挙運動としての文書図画による言論活動を、その方法と量において適当に規正するものに過ぎないから、この規定を以て所論のように憲法第二十一条に違反するものということはできない。論旨は独自の見解であつて、理由がない。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 谷中董 判事 坂間孝司 判事 荒川省三)

弁護人上村進の控訴趣意

第一点原判決は被告が頒布した「共産党は佐藤治候補の辞退を決定し、石田候補の確実なる当選と反自由党戦線の勝利のために全党あげて奮闘することを声明する」の声明書を選挙中に禁止された文書頒布として公選法第百四十二条違反として、罰金刑を科したのであるがこれは事実を誤認し法律の解釈を誤つた違法不当のものであつて破毀すべきものである。

公選法第百十二条には明かに「選挙運動のために使用する文書図書は云々通常葉書以外は頒布できない」と規定してある。本件被告の頒布したビラは日本共産党下越地区委員会が選挙のために使用した文書では絶対にないのである。否むしろ此文書の配布された時は既に日本共産党の候補者は候補辞退届を出して完全に選挙運動は終了したのである。而してその候補辞退を選挙民に知らしめ辞退の理由をそれまでに共産党候補に寄せられた支持と同情とに対して感謝しそしてそれが世の中にあるママあるような「転んだもの」でないこと等を明かにする必要がありそれが選挙の公明なるエチケットである処からなされたものであつて、日本共産党としての政治活動であり政党は何時いかなる処においても政治活動の自由を有するものである。候補を辞退することは選挙を辞退することであり同時にその時より選挙運動は終了しそれ以後は日本共産党下越地区委員会(選挙母体)は選挙運動をなし得ないのである。換言すれば政党の選挙運動は公認候補の候補辞退後は法律上なしえない不能のことに属するものである。それ以後政党のなした運動は凡て政治活動である。仮令それが選挙期間中になされたとしても辞退届後になされたとしても同一であつて凡て党活動であり政治活動である。詳言すれば一つの公党が選挙中になす活動は全部選挙運動であるのではなく選挙中といえども政治活動は出来るだけ否選挙中こそ党の政治活動は一層自由でなければならぬ。本件に於ては候補佐藤を辞退させた時に於てこれを限界として党の意志は選挙運動を中止し純然たる政治活動に切り替えたものである。而して日本共産党下越地区委員会は石田候補の選挙運動員となつたことは絶対になく無関係の立場にあつたのである。これで原判決が公選法第百四十二条の規定「選挙運動のために使用する文書」と認めたのは法律の解釈をあやまり日本共産党の政治運動を選挙運動事実と誤認し又選挙中の活動は何でも選挙運動だと間違えたいはば糞と味噌とを一諸にした従来の伝統的な法律認定にだしたきはめて不当のもので此点で断然破毀すべきものといはねばならぬ。

第三点原判決は本件被告の配布したビラを選挙運動に使用した文書だと断定し有罪の判決を下したことは明かに憲法第二十一条の言論の自由を侵害した無効の裁判であつて此点でも破毀すべきものである。主権在民の日本国憲法は基本的人権を保障して特に言論出版集会の自由保障はその基本的なものである。之はいかなる場合にも制限を加えてはならないものであるがとりわけ国民代表の国会選挙に於ては一層自由公明に言論を闘はせねばならぬ。言論を尽さず言論を圧迫し只金銭のみをもつて選挙を行うことは国会を腐敗させ国家を亡し戦争と植民地においこむ政治を醸成することである。原判決は選挙の公正を保持するために言論の自由は制されても公共の福祉に適合するもので憲法第二十一条に違反するものという事は出来ないと説明されてあるが、国会選挙に於て公共の福祉とは言論を制限して金銭をバラ撒くことではなく選挙をあくまで公平に言論を徹底さすことでありそれによつて国民の味方となる民主的人物と民主的政党の代表を国会におくりこみそこから民主的国会と民主的政治と経済をつくり出すことが公共の福祉となるのである。選挙に於ては言論を制限することはいかなる意味に於ても公共の福祉とはなり得ないのであつて言論の制限それ自体が即ち非公共福祉であり憲法第二十一条違反となるのである。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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